【大阪営業所・所長】辻雅史
岡田商運に入社する前は何をしていましたか?

高校卒業後に他の運送会社でドライバーをしていたのですが、その時の会社とは肌が合わず半年で辞めました。
その後、高校時代の先輩が岡田商運で働いていて、「ウチへ来い」と先輩命令で強制半分で入社する事になりました(笑)
当時は2000年7月だったので岡田商運が設立して約半年の出来事です。
半月は車の空きが無くて横乗りしました。(当時の車輛数5台)
岡田商運に入社して
とにかく運転するのが好きだったので、最初4tの車を任せてもらった時はどこに行くのも楽しかったですね。
21歳で大型免許を取得したのですが、取得直後から大型ドライバーとして仕事をもらいました。
しっかり安全研修を行っている今では考えられないですね。
ドライバーから内勤者に転属

2012年の結婚を期にドライバーから内勤者に転属しました。
結婚式で社長が「こいつはトラックから降ろして管理させる」と宣言したのがきっかけです(笑)
それまでドライバーしか経験が無かったので事務仕事は全くの未経験、最初は燃費管理だけしていました。
2012年3月、藤本部長が勝央営業所を立ち上げたタイミングで勝央営業所の配車スタッフをやることになりました。
ドライバーから配車に転属した時「今まで自分がわがままで好き勝手を言っていた」ことに気づきました。
その後は岡山営業所に戻って配車をすることになるのですが、管理能力を認められて、主任、所長代理、所長と順調に評価されてきました。
岡田商運の雰囲気は?
私が入社した当時は社屋はプレハブで応接テーブル1個と社長が仕事するスペースのみの小さな会社でした。
その時は社長が配車も兼務をしていて、アットホームで社員はみんな家族のような会社でした。週末は一緒にご飯食べたり…
その当時に比べて今は組織として良くなっている反面、昔を思い出すと少し寂しくなることもあります。もちろん会社を運営していくうえでそれも重要な事だと理解しています。
配車スタッフをやっていて悩みがある時、何も口に出していないのに、専務や藤本部長が「何か悩んでないか?」と必ず声をかけてくれるのが不思議でしたが、自分が管理職になった今、その不思議が理解できました。
今は自分が管理職なので、自分がされたように、悩んでいるスタッフがいれば気づいてあげて、必ず相談できる上司を目指しています。
岡田商運でやりたいことは?
良い意味で会社に爪痕を残したいと思っています。
会社のビジョンに向かって実現する力になり、「あいつがいてくれて良かった」と会社から求められる存在でありたいと思います。
管理職は楽しくなくて嫌なこともありまくりますけど、その分満足感・達成感があります。
将来的には岡田商運グループの1事業を任せてもらえるような人間になりたいです。